応援団やサムライうさぎについて。あとはアニメ三国演義の歪曲感想とか。
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高村薫さんの「冷血」を読みました。
ハードカバーは高いけど、いつ文庫になるかわからないから、もう買っちゃえ、と。
合田雄一郎も、おとなしくなりましたなあ。相変わらず出来事に対して、考え過ぎるほど考えてしまうところは同じですが、暴走することはなくなったというか。警部に昇進し、管理職という立場のせいか、それとも四十代になった年齢のせいでしょうかね。あのギラギラしていた合田が畑仕事なんて始めて、老後もそんな暮らしがしたいなーとか考えちゃってるし。
合田が「待つ」という場面が多かった。部下にできることは部下に任せる、という姿勢らしい。部下がいるからには、もう自分の責任だけで済まないもんなあ。しかも、けっこういい上司ぶりだし。
もしくは元義兄である加納との関係が、すっかり落ち着いたせいかね。あのふたりが何をもって落ち着いたといえばいいのかわかりませんが、以前のような危うさはなくなったようにみえる。
合田シリーズの「レディジョーカー」と「冷血」のあいだには、別シリーズでありながら合田が出ずっぱりの「太陽を曳く馬」もありますが、太陽のほうは未読なんですよね。一応、別シリーズとはいえ加納も出てくるし、興味はあるものの、非常に難解という感想をよく見るもので。しかも、その別シリーズも三部作で、もし読むのなら前作も目を通しておかないとダメだろうしなあ。
とまれ(と高村さんの本を読むと使ってみたくなる)、その太陽のほうで、ふたりのあいだがどうなったか未確認なので、何があって、あんなふうに落ち着いたのか知るよしはございません。
まあ、ふたりとも人生の折り返し地点ですよね。四十代という年齢は。
合田がいうには四半世紀も関係のつづく間柄。
外からみれば、合田に対する加納の気持ちは愛だった。あれが愛じゃなければ、なんなのだ。合田は気付いていないようでいて、友人であったり、元義兄であったことを差し引いても、というかとても割り切れないあの愛情に甘えていなかったといえば、それはうそであったわけで、ずるい。
加納だってずるい。
いや加納のほうが、もっとずるいかもしれない。つかず離れず、ときに甘えてくる合田との関係に、また自分自身甘えて、そのふわふわとした感覚でつなぎ止めておいたのは加納のほうだ。もし愛を伝えれば、その答えを受け止めなくてはならない。そりゃあ男同士なんだし、合田はノーマルだし、傷つくこと必至ですよ。
いえ、加納も基本的には優しいから、合田を傷つけたくないという思いのほうが勝っていたとしても、やっぱりずるいなあと思う。
だから、レディジョーカーで史上最高の暴走っぷりを見せつけた合田に、おまえは俺をなんだと思っていたんだ、と告げて、合田に恋の自覚と同時に失恋を傷口へぶち込む加納に、そりゃあないよ、と。
でも、なんだかんだでレディジョーカーから数年後の「冷血」では一緒に年末年始を過ごしていたり、そのカウントダウンデートの余裕たっぷりな誘い方といい、加納大勝利にも読めるし、結局のところ夫婦のことは夫婦にしかわからないってことなんでしょうね。
きっと、そういうことなんでしょうね!
そうだといってよ御大。
そもそも冷血では、加納という名前は出てこない。元義兄や大阪の判事とか、知ってる人は知ってるでしょう? という、ぼやかしかた。加納とのくだりは、あってもなくても話の本筋に影響はない。だから合田と加納の愛の道のりを追い続けてきたファンに対するサービスだとすれば、ありがてえありがてえ、と久しぶりの白いご飯にむしゃぶりつく水呑み百姓の勢いですが、実際どうなんでしょうね。
ていうか合田は、もうバイオリンを弾かなくなったの?
レディジョーカーで処分したんだっけなあ。もう一度読もうかな。
とまれ(二度目)おふたりさん、末永くお幸せに!!!!
ハードカバーは高いけど、いつ文庫になるかわからないから、もう買っちゃえ、と。
合田雄一郎も、おとなしくなりましたなあ。相変わらず出来事に対して、考え過ぎるほど考えてしまうところは同じですが、暴走することはなくなったというか。警部に昇進し、管理職という立場のせいか、それとも四十代になった年齢のせいでしょうかね。あのギラギラしていた合田が畑仕事なんて始めて、老後もそんな暮らしがしたいなーとか考えちゃってるし。
合田が「待つ」という場面が多かった。部下にできることは部下に任せる、という姿勢らしい。部下がいるからには、もう自分の責任だけで済まないもんなあ。しかも、けっこういい上司ぶりだし。
もしくは元義兄である加納との関係が、すっかり落ち着いたせいかね。あのふたりが何をもって落ち着いたといえばいいのかわかりませんが、以前のような危うさはなくなったようにみえる。
合田シリーズの「レディジョーカー」と「冷血」のあいだには、別シリーズでありながら合田が出ずっぱりの「太陽を曳く馬」もありますが、太陽のほうは未読なんですよね。一応、別シリーズとはいえ加納も出てくるし、興味はあるものの、非常に難解という感想をよく見るもので。しかも、その別シリーズも三部作で、もし読むのなら前作も目を通しておかないとダメだろうしなあ。
とまれ(と高村さんの本を読むと使ってみたくなる)、その太陽のほうで、ふたりのあいだがどうなったか未確認なので、何があって、あんなふうに落ち着いたのか知るよしはございません。
まあ、ふたりとも人生の折り返し地点ですよね。四十代という年齢は。
合田がいうには四半世紀も関係のつづく間柄。
外からみれば、合田に対する加納の気持ちは愛だった。あれが愛じゃなければ、なんなのだ。合田は気付いていないようでいて、友人であったり、元義兄であったことを差し引いても、というかとても割り切れないあの愛情に甘えていなかったといえば、それはうそであったわけで、ずるい。
加納だってずるい。
いや加納のほうが、もっとずるいかもしれない。つかず離れず、ときに甘えてくる合田との関係に、また自分自身甘えて、そのふわふわとした感覚でつなぎ止めておいたのは加納のほうだ。もし愛を伝えれば、その答えを受け止めなくてはならない。そりゃあ男同士なんだし、合田はノーマルだし、傷つくこと必至ですよ。
いえ、加納も基本的には優しいから、合田を傷つけたくないという思いのほうが勝っていたとしても、やっぱりずるいなあと思う。
だから、レディジョーカーで史上最高の暴走っぷりを見せつけた合田に、おまえは俺をなんだと思っていたんだ、と告げて、合田に恋の自覚と同時に失恋を傷口へぶち込む加納に、そりゃあないよ、と。
でも、なんだかんだでレディジョーカーから数年後の「冷血」では一緒に年末年始を過ごしていたり、そのカウントダウンデートの余裕たっぷりな誘い方といい、加納大勝利にも読めるし、結局のところ夫婦のことは夫婦にしかわからないってことなんでしょうね。
きっと、そういうことなんでしょうね!
そうだといってよ御大。
そもそも冷血では、加納という名前は出てこない。元義兄や大阪の判事とか、知ってる人は知ってるでしょう? という、ぼやかしかた。加納とのくだりは、あってもなくても話の本筋に影響はない。だから合田と加納の愛の道のりを追い続けてきたファンに対するサービスだとすれば、ありがてえありがてえ、と久しぶりの白いご飯にむしゃぶりつく水呑み百姓の勢いですが、実際どうなんでしょうね。
ていうか合田は、もうバイオリンを弾かなくなったの?
レディジョーカーで処分したんだっけなあ。もう一度読もうかな。
とまれ(二度目)おふたりさん、末永くお幸せに!!!!
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