スイーツ（仮）

　職場でアイスの話をしていた時に「マチカさんは子供時代、アレが好きだった」と魅了され続けたアイスを説明しようとして、すっかり名前を失念していること気がついた。
　まず特徴は長方形。ひとつの大きさは結構あって、ケーキを取り分けるように包丁で切って食べる。バニラアイスにチョコレートがデコレートされていて、食べるとチョコのパリパリとした食感が素晴らしい。このパリパリチョコがバニラアイスの中に層になっていて、見た目はミルフィーユっぽいんですよね。
　これがさあ、おいしくってね。おかんがお皿にのせて出して来てくれた時は、歓喜のあまり激しく踊り出すぐらいだった。
　でも高かったのか何なのか、出て来た頻度は年に二三度か。
　欲しいのなら自分で買えばいいんだけど、マチカさんの子供時代はおこずかい制ではなく申告制だった。欲しい物があれば買ってと頼み、おかんの独断により資金が提供される仕組み。そしてマチカさんがあのアイスを買ってくれとせがんでも、即時却下の憂き目にあっていた。
　と、そんな思い出はどうでもよくて、名前が思い出せない。職場でアイスの特徴を伝えて訊ねても「ああ！　アレな」と手応えはあるのに、では名前となると誰からも出てこなかった。でもマチカさんも少しずつ記憶がよみがえってきて「テラコッタという言葉に語感が似ている」程度まで絞り出せた。「それ絶対近い！」と周囲が色めきだつも、正解が出てこない。
　このもどかしさ。
　だんだんと不愉快になって来て「もうテラコッタ（仮）のことなぞ考へてやるものか」と訣別を誓い、仕事にいそしむも、胸に去来するは幼き日のテラコッタ（仮）への憧憬ばかりなり。
　世界中でこれほどテラコッタ（仮）について考えている人間が、マチカさんの他にいるだろうか。
　いるかもしれない。

　ああ、また食べたいなあ。
　名前思い出せないけど。